2012年3月13日火曜日
女神ウマー
《女神ウマー》
「女神ウマー」
「ウマ」とよく似た「Uma ウマー」という名をもった女神が、
仏教でいう大自在天(じざいてん)=シンドゥ教のシバ大神の后の筆頭にいる。
前記の佐和隆研氏も
「現実の生活の中において遭遇すると想像される種々の危難に対して、
ただその名をとなえることのみによって即座に効果をあらわすという信仰は
他の諸菩薩と比較して観音の著しい特徴といわなければならない。
この観音と前後して説かれている
文殊(もんじゅ)、普賢(ふげん)等の菩薩は
大智・大悲の性格をもっているもので、
それは完全なる覚者としての如来の性格の一面の具象化されたもので、
仏教自体の展開によって成立した菩薩と考えられるものである。
しかし観音のもっている性格は
仏教本来の神としての如来の性格の分化した一面として、
成立する面をもってはいるけれども、
その具体的な危険に対する救済のことは
仏教の教理的展開によって生み出されるものではなく、
むしろ異教的な信仰の介入を思わしめる点が多いのである。
すなわち変化観音の多くのものに大自在天妃ウマーの影響によって
成立したものがかなり多く含まれているということは、
すでに大村西崖氏が
『観音の神話』(雑誌密教三巻~四巻)に説いているが、
この推定は観音そのものの成立にまで及ぼすべきものではないかと考えられる」
といっている。
サンスクリット語では「Girisa ギリーシヤ」というのは「山の神」のことである。
このウマーも夫のルドラ(シバ神の別名)も山の神で、
『ケーテ・ウパニシャツド』の詩中では「雪山(ヒマラヤ)の娘」と呼ばれて、
帝釈天インドラや火の神アグニや風の神バーユよりも位の高い、
慈悲深い偉い女神とされている。
卑弥呼の語源「ペマカ」と全く同じ性格の女神だ。
細部は別として、名前だけみれば変化観音中には唯一、
獣を象徴にした馬頭観音(ばとうかんのん)がある。
また日本には馬と娘が緒婚して不幸な事件が起こり、
それが養蚕(ようさん)の始めに結びつくいろいろな物語りがあるが、
その中の『蚕(かいこ)の草子』では天竺の小国の王の一人娘・こんじき媛が
継母(ままはは)に苦しめられるので父王が桑の木の船にのせて逃がすと、
日本に辿(たど)り着いたが姫は死んだ。
ところがその亡骸(なきがら)が蚕に変わり、姫が夢の中で養蚕を教えた。
といった話になっている。
これらの話は中国の東晋の初め(318年~)歴史家の千宝が編纂した
『捜神記(そうじんき)』の中にある類語を初め、
呉の『太古蚕馬記』などと内容に多くの一致点があるので、
中国で生まれた物語りが日本に伝えられたものとされて来たが、
観世音が卑弥呼の宗教だとわかった今では、
中国の物語りも、やはり馬が重要な地位を占めているので、
百済・末盧・馬韓・ウマ一等の馬が、
卑弥呼の観世音(カシイ)信仰と共に、
こちらから逆に中国に広まったものだと断定できる。
※出典:加治木義博「言語復原史学会・大学講義録22:18・19頁」
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