《スメル=シュメル》
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◎シュメールは英語訛り、実在したのはスメル
<シュメール>と、これまで呼んできたのは、実は正確な発音ではない。
それはアッカド語で、正しくは次のように「Sumeru」と書き、発音は原語でも、
ギリシャ、ラテン発音でも「スメル」なのだが、
研究の主力が英国人だったために、
我が国では英語訛りが使われて、
<シュメール>という発音が名詞として定着、
それを使わないと何のことか判らないという異常な状態が今も続いているため、
私も仕方なく、これまで<シュメール>としてお話ししてきたのである。
だから古代には<シュメール>などという名詞は存在しなかったのであって、
<スメル>、<スメラギ>(スメル吾君(あぎ))の方が実在していたことを、
しっかり確認しておいて戴きたい。
またそれは国名だとも思われているが、
チグリス・ユーフラテス両河下流域を中心とした漠然とした地域名で、
住民自身はそれを楔形文字で<Ki(葦)En(主)Gi(地)>と書く。
2大河下流域は湖沼が散在する広大な葦原地帯である。
葦の主(王)の土地だというのだ。
この語順にも注意がいる。
日本語と全く同じであることを見落としてはいけない。
だから『記・紀』が、我が国の別名として挙げている
『豊葦原瑞穂(水穂)之国』とは、この<KiEnGi>の直訳だと理解する必要がある。
このままでは「スメル」は単なる地域名に終ってしまうから、
放置せずに、もっと追及して見よう。
◎日本語の知識なしでは不可能な「真のスメル研究」
以前「住」の字の重要性を取り上げてお話ししたのは、
この言葉が、
さらに大きな問題である「スメル」の謎を解くからだったのである。
もうお気づきのように<スメル>はそのままで日本語の「住める」に一致する。
日本語はこの地域の言葉を今なお多く含んでいる。
この「住める」もその語の1つとして見ると、
<スメル>というのは「住める地域」ということだったことになる。
ただしそれは現代では「住むことのできる地域」と受けとられるのだが、
この「スメル=住める」は古語である。
古語の「住める」は「住んでいる」または「住んでいた」という意味である。
地域と国は同義語だから、「住んでいる国」「住んでいた国」という形容名詞、
それが「スメル」だったことになる。
日本語の古語の「住める」が、
故郷を想う望郷の念から生まれたことは、
後の倭の五王の一人、
「済(すみ)」の名乗りに用いられた程の重要語だった理由を理解させる。
他の4人のそれもまた同じ性格を備えているからである。
この例で判るのはスメル研究は日本語の高度な知識なしでは完成しないという事実である。
それは今はまだ、言語復原史学会員でなければ挑戦不可能な相手だということでもある。
これが本学が海外の研究を引き離して、はるかに超えている最高の史学である理由でもある。
私たちは奇跡としか思えない程の研究環境に恵まれているのである。
御精励を期待して止まない。
◎『日本書紀』に生々しく伝っていた「スメルの伝承」!
この『豊葦原水穂国』を『古事記』は「宇摩志阿斯訶備(アシカビ)比古遅神」と変形し、
スメル起源の実在の名詞を消してしまっている。
『日本書紀』は
「開闢の初め浮き漂う洲壌は…魚が水上に遊ぶが如く…時ありて天地の中に一物生ず。
その状、葦牙の如し、化せる神を国常立尊と號す」と書いている。
初期の国の姿は沼沢地の浮き島のようなものだったと、
国家形成前の先祖たちが見た<スメル>の実際の光景を、葦の芽に始まると描写して、
それを常立する国=独立国家に創り上た恩人=先祖たちこそ国民の恩人で、
神と呼ぶべき存在なのだと説明して建国の始めを見事に私たちに伝えてくれている。
これは<スメル>の伝承が『日本書紀』に生々しく伝っていて、
それを忠実に漢文に訳して表現したことの、動かぬ強力な証拠である。
これより前の『日本書紀』の記事は、中国の徐整筆『三五暦記』と、
劉安筆『淮南子』をほとんど丸写ししたものだと判っていたが、
そのあとの天地開闢以後を明らかにできた者はいなかった。
だから、それが<スメル>の説明だというこの発見は画期的なものなのである。
では直訳は『豊葦原瑞穂之国』の部分だけだったのか?。
◎全部が日本語で読めるスメルの天地開闢の神々
『神代記』の名詞史料として、
一番古い位置に書かれているのが、
この国常立尊に始まる天地開闢の神名だが、
<スメル>にも同じ様式の天地開闢の神々がいる。
スメルの天地開闢神名 性格 日本語との比較 日本神名との比較
アプス Apus 水神(河川) 浴ぶす(浴びする) 葦牙(アゲ)(沖縄語)
ティアマト Tiamat 水神(海洋) 大海人(タイアマト)(天武天皇の幼名)
ムンム Munm 水神(雲霧) 霧雲霧(ムンムン) 豊雲野尊・霧島神
1 アン An 天 アマ・アメ 天御中主ほかの天…
2 エンリル Enrir 空間 遠(エン)立(リツ) 常立
3 エンキ Enki 大地と水 縁起、縁王、榎木(姓)国(領土) 常立尊
4 ナンナル Nannar 月 n→m マンマル(真ん丸) 月夜見尊
5 ウトゥ Utu 太陽 大燈(うとう)・烏藤・宇土・宇都宮 鵜戸神宮
6 イナンナ Inanna 植物 稲女(いなんな) 保食(うけも)神
タンムズ Tanmus 植物神の夫 田圃(たんぼ・沖縄語タンプ→タンム)
7 ニンフルサグ Ninfursag 根(ニ)ン掘(フ)る下(サ)ぐ(=沖縄大隅語)・惶根尊
◎殷という名の真意までわかるスメルの神名
これを少し補足すると、大地と水の神<エンキ>は、沖縄大隅語では<インキ>になり、
殷の王の<インキ>に一致する。
殷人という呼び名は、<イナンナ>ばかりでなく、これからも生まれたことが考えられる。
それは国土を守る神として、農業神以上に信仰の対象になったのだ。
それはインドやインカのインにも結びつく。
決して我が国と中国だけに、人々と共に運ばれたわけではない。
この発音差で
<イナンナ>はアッカドでは<イシユタル>と呼ばれる。
この稔りの女神は穀物と野菜と織物原料の植物を授けて、人々の衣食を足らせる。
だから「衣・<イ>、食・<シュッ>・足る・<タル>」にぴったり合う。
またタルという語尾は、面垂(オモタル)などの神名や足・帯・根の<タル>とも共通している。
月の<ナンナル>が<マンマル>になるのは
ニワトリをミヤドリと訛る沖縄語を考えると不思議ではない。
この言葉に注目すれば、むしろ「真ん丸」のマンは、なぜ生まれたかという疑問が大きく、
のしかかってくる。
その謎が、この神名が語源だとわかると、一度に氷解する。
これらの神々はまた、その役割分担も数も我が国の開闢神たちと非常によく一致している。
それだけでなく、従来、謎だった神名の真意まで明らかに教えるものが全面的に見つかる。
これでも無関係だというには、無関係だという理由を挙げて納得させなければならない。
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