2012年3月8日木曜日

観世音菩薩経



 《観世音菩薩経
 「観世音菩薩経

 観世音は卑弥呼のマレー語名だといっても、もう一つ疑問が残る。

 『十一面観音経』のほかに、

 『観世音菩薩経=観音経』『高王観世音経』というものがあり、

 経とは釋迦が信者に話した説法を記録したものだから、

 観世音の名は卑弥呼よりはるかに古い釋迦の時代からあった名だと、

 これまで信じられていたからである。

 しかし観世音という仏名だと思われていた

  Avalokitesvara アヴァロキテスヴァラ とは、

 仏の御利益(ごりやく)の内容を圧縮したキャッチフレーズだったことは、

 おわかり戴けたと思う。

 その『経』を訳して『観世音菩薩普門品(ふもんぼん)』と名付けたのは、

 中国西域の楼蘭(ローラン)の西500余kmの都市国家キジール(亀慈)

 Kumarajiva クマーラ ジヴァ(鳩摩羅汁)で、

 五胡十六国の一つ後秦の王・符堅(フケン)の捕虜になったが、

 405年 後秦の高官・姚興(ヨウコウ)に見出だされて国師とされ、

 長安で経74部385巻を訳し、

 408年に三論(さんろん)宗を開いた人物である。

 卑弥呼からは2世紀後で、

 南中国にも観世音(カシイ)信仰が伝わって盛んだった当時だ。

 中国人でない鳩摩羅汁は翻訳だけして聞かせ、

 中国人の筆記者が観世音菩薩と当て字したのである。

 『国王観世音経』は530年代に出来たもので、

 明(ミン)の学識貴かな高僧・蓮池(れんち)大師は、

 「北魏の皇帝を廃してロボットを皇帝にした

  極悪人・高歓(コウカン)に媚(こ)びて、

  国王と呼ぶような奴(やつ)が偽作したニセ経だ」と

 暴露している。

 鳩摩羅汁の観音経は

 『法華経』中から「観世音菩薩普門品」を取り出したもので、

 前半の本文を記憶し易いように持に要約した『妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈』が付記してある。

 それを読めば観音経がどんなものかわかるのでご覧に入れる、

 その要約だけをここに書いておく。

 この経は、釋迦の弟子・無尽意(むじんに)菩薩が

 「なぜ アバ ロキ テシバラ というのですか?」

 と質問したのに釋迦が答えた問答集である。

 釋迦の答えは

 「それは常に人々のために千億の仏に仕えるという清く偉大な願いを

  擬人化したものだ。

  時を無駄にせずボンヤリしている暇があったら、

  常にこの アバ ロキ テシバラ を唱え、

  み仏の姿を思い浮かべ、心に念じる習慣をつけなさい。

  そうすればそのモットーの力=観音力で、火口も涼しい池に変わり、

  暴風の海に落ちても溺れない。

  というように常に救われる」と、

 わかり易く具体的に一つ一つ例を挙げて説明して、

 アバ ロキ テシバラ を念じ続けるように教える。

 おわかりのようにこれは心の奥の深層真理に働きかける心理療法であって、

 アバ ロキ テシバラ は

 本来なら意味不明の方が効果的な「呪文」の一種である。

 それを鳩摩羅汁が卑弥呼の観世音に結びっけて人格仏にしたのは、

 当時の中国大衆の教養に合わせた新しい説法の工夫だったのである。

 ※出典:加治木義博「言語復原史学会・大学講義録21:3~4頁」

 『妙法蓮華経観世音菩薩普門品』は

 妙法蓮華経中の第二十五番目の一章で、

 観世音菩薩を中心に説く経典としては、

 最も古いものとされているものである。

 この巻では観音は一個の独立した菩薩として説かれているもので、

 観音の名称の由来とその救済される苦難の具体的内容が詳細にしるされているが、

 観音の来歴や像容の記載は認められない。

 しかし、かくの如き自在の神力をもつ観世音菩薩を仏教的菩薩として説くことは

 仏教としては異例に属するものといわなければならない。

  一  世尊妙相具 我今重問被 佛子何因縁 名為観世音

  二  具足妙相尊 偈答無盡意 汝聴観音行 善應諸方所

  三  弘誓深如海 歴劫不思議 侍多千億佛 発大清浄願

  四  我為汝略説 聞名及見身 心念不空過 能滅諸有苦

  五  假使興害意 推落大火坑 念彼観音力 火坑變成池

  六  或漂流巨海 竜魚諸鬼難 念彼観音力 波浪不能没

  七  或在須彌峯 為人所推堕 念彼観音力 如日虚空住

  八  或被悪人逐 堕落金剛山 念彼観音力 不能損一毛

  九  或値怨賊繞 各執刀加害 念彼観音力 咸即起慈心

  十  或遭王難苦 臨刑欲壽終 念彼観音力 刀尋段段壊

 十一  或囚禁枷鎖 手足被紐械 念彼観音力 釋然得解脱

 十二  呪詛諸毒薬 諸欲害身者 念彼観音力 還著於本人

 十三  或遇悪羅刹 毒竜諸鬼等 念彼観音力 時悉不敢害

 十四  若悪獣囲繞 乳阜鹿丸煉 念彼観音カ 疾走無邉方

 十五  蚖蛇及蝮蠍 気毒煙火燃 念彼観音力 尋聲自廻去

 十六  雲雷鼓掣電 降雹澍大雨 念彼観音力 應時得消散

 十七  衆生彼困厄 無量苦逼身 観音妙智力 能救世間苦

 十八  具足神通力 廣修智方便 十方諸国土 無刹不現身

 十九  種種諸悪趣 地獄鬼畜生 生老病死苦 以漸悉令滅

 二十  真観清浄観 廣大智慧観 悲観及慈観 常願常瞻行

 二十一 無垢清浄光 慧日破諸闇 能伏災風火 普明照世間

 二十二 悲體戒雷震 慈意妙大雲 澍甘露法雨 滅除煩惱燄

 二十三 諍訟經官處 怖畏軍陣中 念彼観音力 衆怨悉退散

 二十四 妙音観世音 梵音海潮音 勝被世間音 是故須常念 

 二十五 念念勿生疑 観世音浄聖 於苦惱死厄 能為作依怙

 二十六 具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故應頂禮

 「結偈」

    爾時持地菩薩。 即従座起。 前白佛言。 世尊。

    若有衆生 聞是観世音菩薩品。 自在之業。

    普門示現。 神通力者。 當知是人。 功徳不少。

    佛説是普門品時。 衆中八万四千衆生。

    皆発無等等。 阿耨多羅三藐三菩提心。

 ※出典:加治木義博「言語復原史学会・大学講義録21:33・34頁」

 (みょうほうれんげきょうかんぜおんぼさつふもんぼんげ)

   一 せそんみょうそうぐ    がこんじゅうもんぴ    
     ぶっしがいんねん     みょういかんぜおん

   二 ぐそくみょうそうもん   げとうむじんに      
     にょちょうかんのんぎょう ぜんのうしょほうじょ

   三 ぐぜいじんにょかい    りゃくこうふしぎ     
     じたせんのくぷつ     ほつだしょうじょうがん

   四 がいにょりゃくせつ    もんみょうぎゅうけんしん 
     しんねんふくうか     のうめつしょうく

   五 けしこうがいい      すいらくだいかきょう   
     ねんぴかんのんりき    かきょうへんじょうち

   六 わくひょうりゅうこかい  りゅうぎょしょきなん   
     ねんぴかんのんりき    はろうふのうもつ

   七 わくざいしゅみぶ     いにんしょすいだ     
     ねんぴかんのんりき    にょにちこくうじゅう

   八 わくひあくにんちく    だらくこんごうせん    
     ねんぴかんのんりき    ふのうそんいちもう

   九 わくちおんぞくにょう   かくしゅうとうかかがい  
     ねんぴかんのんりき    げんそくきじしん

   十 わくそうおうなんく    りんぎょうよくじゅしゅう 
     ねんぴかんのんりき    とうじんだんだんえ

  十一 わくしゅうきんかさ    しゅそくひちゅうかい   
     ねんぴかんのんりき    しゃくねんとくげだつ

  十二 しゅそしょどくやく    しょよくがいしんしゃ   
     ねんぴかんのんりき    げんじゃくおほんにん

  十三 わくぐうあくらせつ    どくりゅうしょきとう   
     ねんぴかんのんりき    じしつぶかんがい

  十四 じゃくあくじゅういにょう りげそうかふ       
     ねんぴかんのんりき    しっそうむへんぽう

  十五 げんじゃぎゅうぶっかつ  けどくえんかねん     
     ねんぴかんのんりき    じんじょうじえこ

  十六 うんらいぐせうでん    ごうばくじゅだいう    
     ねんぴかんのんりき    おうじとくしょうさん

  十七 しゅじょうひこんやく   むりょうくひっしん    
     かんのんみょうちりき   のうくせけんく

  十八 ぐそくじんづうりき    こうしゅううちほうべん  
     じっぽうしょこくど    むせつふげんしん

  十九 しゅじゅしょあくしゅ   ぢごくきちくしょう    
     しょうろうびょうしく   いぜんしつりょうめつ

  二十 しんかんしょうじょうかん こうだいちえかん   
     ひかんぎゅうじかん    じょうかんじょうせんごう

 二十一 むくしょうじょうこう   えにちはしょあん     
     のうふくさいふうか    ふみょうしょうせけん

 二十二 ひたいかいらいしん     じいみょうだいうん    
     じゅかんろほうう      めつじょぼんのうえん

 二十三 じょうしょうきょうかんしょ ふいぐんじんちゅう    
     ねんぴかんのんりき     しゅおんしつたいさん

 二十四 みょうおんkんぜどん    ぼんのんかいちょうおん  
     しょうひせけんのん     ぜこしゅじょうねん

 二十五 ねんねんもちしょうぎ    かんぜおんじょうしょう  
     おくのうしやく       のういさえこ

 二十六 ぐいっさいくどく      じげんじしゅじょう    
     ふくじゅかいむりょう    ぜこおうちょうらい

 「けっく」

     にじじぢぼさつ。 そくじゅうざき。ぜんびゃくぶつごん。 せそん。

     にゃくしゅじょう もんぜかんぜおんぼさつぼん。 じざいしごう。

     ふもんじげん。 じんつうりきしゃ。 といちぜにん。くどくふしょう。

     ぶっせつぜふもんぼんじ。 しゅちゅうはとまんしせんしゅじょう。

     かいはつむとうどう。 あのくたらさんみゃくさんぼだいしん。

 ※出典:加治木義博「言語復原史学会・大学講義録21:35・36・37頁」

 観世音菩薩という名の仏は、

 釋迦の教えた仮説を後世の漢訳者が擬人化して、

 卑弥呼の別名を宛てたために生まれたことが、

 前2号でほぼおわかり戴けたことと思う。

 この卑弥呼との関係に気づいた人はいなかったが、

 全ての菩薩や如来などが、

 仏教の発展につれて次々に作り出されたものであることは、

 多くの研究者の一致した結論である。

 その代表的なものは、前出の佐和隆研氏で、

 『密教美術論』(便利堂刊・1955年=昭和30年)の

 「三 観世音菩薩像の研究」の中p.140~)で、要約すると次のように言っている。

 「西紀前後頃から以後、仏教はその教理の展開につれて多くの如来、菩薩、明王、天などを
  作り出して来た。
  その重要な諸尊のうちの何れか一つをとりあげてみても、
  その説かれている経典は多種類にわたっていて、それがいかなる過程をへて成立し、
  発展して来たものかということについての詳細な研究の困難さを感じさせるほどである。
  観音もその成立の最初については、
  あるいは仏弟子の阿難(アナンダ)を神格化したものであるともいわれているが、
  その間の事情については充分に明かにされてはいない。
  (大正大学々報第六・七号、加藤精神「文殊 普賢 観音 弥勒 の研究」)。

 しかし、その成立後の展開は他の諸菩薩と比較できないほどに多彩で、

 その名や功徳を説く経典は著しく多い。


 『妙法蓮華経観世音菩薩普門品』は妙法蓮華経中の第二十五番目の一章で、

 観世音菩薩を中心に説く経典としては、最も古いものとされているものである。

 この巻では観音は一個の独立した菩薩として説かれているもので、

 観音の名称の由来とその救済される苦難の具体的内容が詳細にしるされているが、

 観音の来歴や像容の記載は認められない。

 しかし、かくの如き自在の神力をもつ観世音菩薩を仏教的菩薩として説くことは

 仏教としては異例に属するものといわなければならない。

 前記、

 鳩摩羅汁訳(クマーラ・ジヴァ)の妙法蓮華経は西紀四百年の初め頃に漢訳されたもので、

 それ以外にも西紀二百年代のなかごろ及び後半の間にすでに四回も漢訳されていて、

 その中にも「光世音(観世音の異名)普門品」の筆名で

 独立したものとして説かれているものもある。

 従って、観音の性格が独立したものとして認められたのは

 遅くとも三世紀頃までは遡り得る。

 その間のことを訳経史によってみれば次のようなものがある。

 250年頃 仏以三車喚経 一巻 呉  支謙訳 

 255年  法華三昧経  六巻    畿良接訳

 265年  正法華経   六巻 西晋 竺法護訳

 335年  方等法華経  五巻    支道根訳

 このほかにも中に観音の名がある経典はあるが何れも三世紀後半のものである。

 ※出典:加治木義博「言語復原史学会・大学講義録22:3~4頁」

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
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